森のいきもの
私たちの日常で使用する「紙」を無駄に使用することが森のいきものの命を消滅させています。私たち消費者が地域・経済的に持続可能な形で生産された木材製品を購入することで森で生きる動物たちのいのちを繋いでいけるのです。命のつながり、想像してみて下さい。

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ムービータイトル

消えゆく世界の森~木を植えよう!(2'48'')

著作者:Green.TV Japan

アースキーパー

宮脇昭博士
国内外で土地本来の潜在自然植生の木群を中心に、その森を構成している多数の種類の樹種を混ぜて植樹する「混植・密植型植樹」を提唱し活動している。1970年、後に「宮脇方式」と呼ばれる、土地本来の植生をポット苗を用いて植える方法による環境保全林造りを初め、現在も日本の企業や地方自治体をはじめ、世界中で宮脇方式を取り入れた森造りが進められている。

消えゆく世界の森

2009.08.28

日本の林業家たちは、森とは言わず山という

環境コミュニケーション・デザインの仕事として、写真家の仕事として、僕はこの夏、日本で一番最初にFSC認証を取得した山に1週間こもった。人工林と聞いても山の景観を都市生活者が想像するのは難しいかもしれない。そう思って向かったのだった。そして、そこに待っていた景観は、人の手によって育まれる木々と、それを守るかのように広がる下草と広葉樹たちの、自然に成り立ったバランスの取れた美しい景観そのものだった。人の手が入ることによって木々は健全に育ち、価値ある材となりCO2の吸収力が高まり、生き物たちが自分たちの住処をシェアし合う、つまり生物多様性が育まれていく。そんな山が「人工林」だった。

山の生物多様性の保全とは持続可能で健全な林業経営によって、そのバランスを保つことであ
り、美しい景観を成立させることなのだ。林業は「心・技・体」、すべてを兼ね備えなければ、本当の「良い山づくり」はできない。技術が一流でも、小さな山の声が聞こえなければ、自然は応えてくれない。僕が山で会った樵(きこり)たちと語り合って実感したことだ。彼らは「森」とは言わず「山」という。自分たちが守る場所は木が3本で語れるような場所ではないと。せめて杜と書けば気持ちに少し近づくと言う。これは欧米の一神教で語るForestとは違い、多神教の精神で育まれてきた場所なのだと。だから「生物多様性」ではなく、山は「万物多様性」を育む場所であると言う。そういえば、山にこもっている間、僕は山の精霊に見守られているような気がしていた。このような日本人の智恵や感性が、地球上の様々な生物多様性を保全できるように思う。

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シンクマイライフ

地球に生きる全ての人が、ほんの一本ずつでも木を植えたら、きっと大きな森ができるでしょう。世界の裏側で森が失われていくならば、私たちが身近なところからでも木を植えていこうではありませんか。国内外問わず、多様な植林プロジェクトが展開されています。私たちの植えた木が森になり、そこで多様な生物が新たないのちを育んでくれたら。想像してみてください...

筆者

川廷昌弘

博報堂DYメディアパートナーズ環境コミュニケーション部長、日本写真家協会会員

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